ミスチル過去20年間の解散騒動を桜井和寿のインタビューと共に振り返る。


ミスチルがデビューしから現在に至るまでの主な解散騒動は計4回。

自分はその4回全てをリアルタイムで経験してきました。

今回はそんな体験を元に、当時の桜井さんのインタビューも交えミスチルの解散騒動を振り返ってみます。



20年前の活動停止宣言



最初の解散騒動は1996年「TOUR REGRESS OR PROGRESS FINAL IN 東京ドーム」直後のラジオでした。

桜井さんの口から発せられた衝撃の一言

「ツアーが終わったら、少し長めの休みを取ります」

お酒が入った状態でのトークでしたが(桜井さん曰く、ただの酔っ払いのたわごと)スポーツ各紙がこのスクープを逃すはずもなく、

「ミスチル長期活動停止へ・・・解散か!?」

などと騒ぎたてました。

スポーツ紙に書かれていた内容は、小林武史との不仲、メンバー同士の確執、桜井さんのプライベートの問題など。


「活動停止って言ってるけど、実際は解散宣言じゃないの!?」


まわりのミスチルファンのそういった声も多数聞こえてきました。



当時の雑誌のインタビューでも、桜井さんの

「深海の頃は自殺を考えていた・・・」

という発言などもあり

「もしかしたら・・・本当に解散?」

そういったファンの不安と絶望感が漂う日が過ぎていきました。




しかしそんな不安を吹き飛ばすある出来事が・・・。

それは余暇を楽しむメンバーの実に楽しそうな姿。


ミスチル 野球



休止宣言後のメンバーは、様々なプレッシャーから解放されたからか

「野球の試合」 「ロッククライミング」 「サバイバルゲーム」 「料理対決」

まるで小学生時代の夏休みに戻ったかのように、久々に与えられた自由な時間を純粋に楽しんでいるようでした。

その姿を見た時

「解散はないな」

と確信しました。


ちなみにこの件について桜井さんは当時こうインタビューで答えています。

 
「バンドが解散するのは、仲が悪いか、才能が無いか、解散するしか話題が無い時だと思う」

「ミスチルがメンバー4人だけなら本当に解散していたかもしれない。でも人間関係はスタッフのこの人が、この問題はこの人が・・・と自分たちは音楽に集中する事ができた。」

出典:regress or progress '96~'97 DOCUMENT VHSより


この時、解散のピンチを乗り越えた事がメンバーの絆をより一層深めた要因でないかと思います。

そして、スタッフの影の支えも大きかったんですね。




それから数年が経ち、次に出てきた解散騒動


アルバムQ発売後のインタビュー



Q 


「Qのツアーの時、このままじゃダメだと思った。
メンバーも音楽やってるより酒呑んでる方が楽しそうで進歩が無かった。
こうなったのも全ては自分のせいで、流れ的に言えばここで解散するのが一番キレイだと思った。」


出典:ROCKIN'ON JAPAN 2001年09月号より


この記事は相当ビビりましたね。

今思えば、この時が一番ヤバかったかも・・・。

なぜかというと、周りがガヤガヤいう「解散騒動」ではなく

桜井さんの内面からにじみ出た解散に対する本心だったからです。



でも桜井さんはこのインタビューの最後にこう答えました

自分もバンドには甘えずに良い曲を書こうとピアノに向かいました。そして全てはそこからもう一度始まった。


そこでできた曲が

「優しい歌」






桜井さんはこの曲に関して

「優しい歌で再出発したかった、これは自分たちへの宣戦布告です」

と語っています。


「優しい歌」の存在が、もしかしたら解散を回避させてくれたのかもしれません。



2009年4月 「週刊現代」が報じた「ミスチル解散」の記事



それは「Tour 2009 ~終末のコンフィデンスソングス~」の最中での出来事。

「週刊現代」がいきなり報じた「ミスチル解散」の記事。

記事の内容は

①ツアー後のスケジュールが白紙(通常であれば、リリース予定などを決めておく)

②ミスチルの所属事務所である烏龍舎がエイベックスと共同で発足した「ORS」に桜井さんを引き抜き移籍させる。

でした。


そしてこの時リリースした最新アルバムのタイトルが「SUPERMARKET FANTASY」

しかしツアータイトルが「終末のコンフィェンスソング」

通常であればアルバムとツアータイトルが同じであるはず・・・。

週刊誌の記事とのタイミングも重なり

「終末=解散」などと

ネット掲示板のファンの間でも様々な憶測が飛び交いました。


そういった騒動の中、いきなりの事務所側からのコメント


ミスチル解散報道 


事務所側が、毅然とした態度ではっきりこの事を否定してくれたのが嬉しかったですね。

結局この記事は週刊誌側の完全なガセネタでした。





2010年7月 「ap bank fes」での「es」披露



 
「墓場まで1曲持って行けと言われたらこの曲を選ぶ」
「esを演奏する事は、解散を意味する」


これは「es」に関して、随分昔に桜井さんの口から発せられた言葉です。(すみません、ソースがどうしても思い出せません)


この時の解散騒動は、2010年の「ap bank fes」で「es」を演奏した事がきっかけでした。

この発言を知るファンがネット上で

「今、この時期にesを演奏するという事は解散を意味するのか?」

などと騒ぎだし、騒動に発展しました。


「es」のライブでの披露をさかのぼると、1995年のツアー「空」以来約15年振りだったわけです。

確かにこのapで演奏する意味合いを考えると、演奏する特別な理由が見つかりませんでした。

ただ、次のツアー「SENSE」で演奏していますので、ただ単純にメンバーが演奏したかっただけかもしれませんね。

本当の意味はメンバーにしか分かりませんが・・・。

 
結局、この解散騒動はファンの取り越し苦労だったわけです。



さいごに思う事・・・



以上、ミスチルの過去の解散騒動を振り返ってみました。

これ以外にも「小林さんとの不仲が原因での解散」「小脳梗塞でのバンド危機」「2012年週刊文春の報道」など様々な解散騒動ありましたが

常にこういった話題にさらされるのは、人気バンドが故の宿命ですね。



そして、最後に一つだけ言える事・・・。

それは

「これまであれこれ騒がれながら、Mr.Children が解散せずここまでこれたのも、この4人のメンバーだったからこそ」


と思います。

表に出ないだけで、メンバー同士で色々あったと思いますが、メンバー4人それぞれが一ミュージシャンとしてお互いの事を認めを尊敬している。

4人を見続けて、そう強く思えました。


メンバー4人のうち、もし1人でも欠けたら・・それはMr.Children ではありません・・・。


4人が奏でる音楽を聴く事ができる、活動してくれる。その事に感謝しながら、曲を聴き続けていきたい。

そう思えたミスチルの過去の解散話でした・・・。




ミスチル白黒解散 

このメンバーの笑顔の写真には「これからも、色々と困難が待ち受けているだろうけど、メンバー4人で笑いとばしていってほしい」という願いが込められています。
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